アルジャーノンに花束を

アメリカでは知的障害者に対しても、それは「前頭葉白質切截」prefrontal Lobotomy、有効性が期待されていたロボトミー法。

脳外科手術に対して否定的な扱いに対して、作者ダニエル・キイスは人間とはありのままの存在がいちばん尊いんだと考え、作品にしたのがこの物語であります。人間の知能指数(IQ)が低いことは悪いことなのか。もしそれが悪ならば、IQの高いことは良いことになり、良いこととしてそれは人間の幸せにつながるのだろうか。そんな普遍的なテーマを、答えの一つを、このSF小説アルジャーノンに花束をで観て感じるでしょう。

1950年代のアメリカニューヨークを舞台に、突然天才となった知的障害をもつ主人公の悲哀を、当時の障害児の置かれた状況や科学、恋愛、友情を交え、繊細に描いた傑作と呼ばれるこの作品は、障害の有無に関わらず人間は人間であって、人としての扱いをしてほしいという主人公の痛ましい思いが心に突きささり、カタルシスを感じせずにはいられないのでありましょう。小説全体は主人公の経過報告というカタチで記されておりますから、知的水準が高くなるにつれその文体が変化するように、運命に翻弄される主人公の孤独な心の揺れを感じさせる手法は傑作だけあります。ぜひ、一読を。

ダニエル・キイスによる、SF小説

『アルジャーノンに花束を』は、アメリカ合衆国の作家ダニエル・キイスによるSF小説。1959年に中編小説として発表し、1966年に長編小説として改作された。本作を原作として映画、同名のテレビドラマ、舞台作品などが制作されています。

それまでのSFが宇宙や未来などの舞台を前提とした作品であったことに比べ、本作は知能指数を高める手術とそれに付随する事柄という限定した範囲での前提でSFとして成立している。ジュディス・メリルは、本作をSFの多様性をあらわす作品のひとつとして位置づけている。また、最後の一文が主眼であり、ここの収束される感動に泣かされる作品です。

アメリカの雑誌『ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション』1959年4月号で中編小説が発表され、翌年のヒューゴー賞を受賞。アイザック・アシモフ編の『ヒューゴー賞傑作選 No.2』にも収録された。1966年に長編小説化され、ネビュラ賞を受賞。また、ヒューゴー賞 長編小説部門候補にも挙げられた。過去の受賞作と同内容のものが候補となることは異例でした。

あらすじ

主人公である「彼(チャーリイ・ゴードン)」自身の視点による一人称で書かれており、主に「経過報告」として綴られ、最初の頃は簡単な言葉や単純な視点でのみ、彼の周囲が描かれています。

精神遅滞の青年チャーリイは、他人を疑うことを知らず、周囲に笑顔をふりまき、誰にでも親切であろうとする、大きな体に小さな子供の心を持ったおとなしい性格の青年だった。しかし彼には子供の頃、正常な知能の妹に性的な乱暴を働いたと家族に誤解され、母親に見捨てられた過去があった。

彼は引き取ってくれた叔父のパン屋での仕事のかたわら、精神遅滞者専門の学習クラスに通っていた。ある日、そのクラスの監督者である大学教授から、開発されたばかりの脳手術を受けるよう勧められる。先に動物実験で対象となったハツカネズミの「アルジャーノン」は、驚くべき記憶・思考力を発揮し、チャーリイと難関の迷路実験で対決し、彼に勝ってしまう。彼は手術を受けることを承諾し、この手術の人間に対する臨床試験の被験者第1号に選ばれたのだった。

手術は成功し、チャーリイのIQは68から徐々に上昇。ついには185に達し、彼は超知能を持つ天才となった。チャーリイは大学で学生に混じって勉強することを許され、知識を得る喜び・難しい問題を考える楽しみを満たしていく。だがいっぽうで、頭が良くなるにつれ、これまで友達だと信じていた仕事仲間にだまされいじめられていたこと、母親に捨てられたことなど、知りたくもない事実の意味を理解するようになる。

一方で、チャーリイの感情は未発達な幼児のままだった。突然に急成長を果たした天才的な知能とのバランスが取れず、妥協を知らないまま正義感を振り回し、自尊心が高まり、知らず知らず他人を見下すようになっていく。誰もが笑いを失い、周囲の人間が遠ざかっていく中で、チャーリイは手術前には抱いたことも無い孤独感を抱くのだった。また、忘れていた記憶の未整理な奔流がチャーリイを苦悩の日々へと追い込んでいく。

そんなある日、自分より先に脳手術を受け、彼が世話をしていたアルジャーノンに異変が起こる。チャーリイは自身でアルジャーノンの異変について調査を始め、手術に大きな欠陥があった事を突き止めてしまう。手術は一時的に知能を発達させるものの、性格の発達がそれに追いつかず社会性が損なわれること、そしてピークに達した知能は、やがて失われ元よりも下降する性質のものであることが明らかとなった。彼は失われ行く知能の中で、退行を引き止める手段を模索する。だが、もはや知能の退行を止めることはできず、ついにチャーリイは元の幼児並以下の知能を持った知的障害者に戻り、パン屋にすら戻れないと自覚した段階で障害者の収容施設に自ら赴く。

彼は経過報告日誌の最後に、正気を失ったまま寿命が尽きてしまったアルジャーノンの死を悼み、これを読むであろう大学教授に向けたメッセージ(「ついしん」)として、「うらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやてください」と、しめくくる。